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ケルトを巡る旅を読む。ワイズウーマンと日本の占い師。無意識と意識の世界について。

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河合隼雄先生の「ケルトを巡る旅-神話と伝説の地 」を読む】

 

この本は、キリスト教以前のヨーロッパに存在したケルト文化について心理学者・河合隼雄先生がインタビューを通して取材した内容をまとめたものになります。
ケルト人は文字を持たず、歴史を書き記すこともなかったそうです。しかしアイルランドやイギリスの文化には、その影響が今なお色濃く残っていて、そんな妖精伝説や昔話が息づくケルトの地についてのお話。

本著の内容はキャンベルの「神話の力」に通じるものがあり、人間のもつ普遍的、根源的な物語について示唆するものであるのですが、その中でもアイルランドに住む魔女に対するインタビューの記事が印象的でしたね。

魔女はタロットカードを使って、人々の相談にのります。河合先生曰くそのワークはタロットをきっかけとしているだけで、自身がやっている心理療法師としての方法と非常に近いといいます。彼女たちには「魔女の組合」があって、定期的な専門カウンセリングが必要なクライアントには専門機関を紹介するとのことでした。魔女は自身のことを一般医(practitioner)とも言っています。このあたりが日本の占い師と違うところで、西洋的な思考だなと感じますし、わたしにとって好感をもつ所でもあります。

 

日本にとっての「占い師」は「神仏」に近い存在として、「畏れ」られている部分もあることは否めません。しかしながらその実情を覗いてみると、彼らのしているワーク(施術)はアイルランドの魔女たちと相違ありません。これは甘えの部分といえるかもしれないのですが、その「畏れ」の部分を都合よく利用してしまっている部分も否めない所もあります。
一般医(practitioner)としての専門の定義づけが曖昧であるからゆえなのでしょうけれどもね。

河合先生は彼女たちのようなワイズウーマンの存在を「補自然科学」的な存在としてと取り上げています。「自然科学」で再現性をもって証明できることは限度がある、だからこそ、その外に広がっている世界を補うものが必要となることを著しておりました。

また合理性を追求したヨーロッパ社会の中で、ドルイドといった古来からの自然信仰を知的階級が中心となって復活させようという動きの紹介もされています。社会の成熟について、社会的自己実現と精神世界の密接な関わりを匂わせますね。

ワイズウーマンの役割は主に二つあると考えられます。


①一般医(practitioner)としてのカウンセラー、コンサルタントとしての役割
②意識と無意識のナビゲーターとしての役割


余談ですが、最近「私は絵描きです」というよりも「西洋占星術師です」というほうが、キャリアは絵描きとしてのほうが断然あるにも関わらず、はるかにファーストインプレッションを強く持ってもらえるのです。なんででしょうかね。

ふたつの領域で、共通してわたしがすることは、「意識と無意識の横断とつなぎ合わせ」であったりします。


芸術が人の心に何か与える影響と、このような補自然科学的な世界のアプローチは非常に近しい側面を持ち合わせています。河合先生も同じようなことを本著でのべていました。

 

そして「無意識の世界よりに生きる人」は、なぜか「意識の世界」を否定する傾向がある。大体そこには「意識の世界への不満」が眠っているのです。


その逆もしかりで、「意識の世界よりにいる人」は「無意識の世界」を否定する傾向がある。


だからバランスが悪い。結局はバランスをとれないでいるがゆえの弊害はあると私は感じています。
そして、そこには成熟があまり見込めない気がするのです。

 

意識の世界から無意識の世界に入っていくには、装置が必要になります。
今流行りのマインドフルネスなどかありますけれども、実はこの島に住む人はそんなことしなくてもわりかしカンタンにその世界に入っていくことができるように出来ていると私は感じています。

そして自身が携わっている絵画というものはその無意識にはいる道具のようなものだと思っています。

 

絵を描くことに携わっていたおかげもあって、意識の深いところまで潜って上がってくる作業を何度も繰り返し行っていると、段々とその意識、無意識を【自由に渡る「思考」や「感覚」みたいなもの】が出来てくるのです。
人間の身体はその横断をし続けていないとどこかで壊れてしまうことも、制作を通して理解するようになりました。

そうやって絵の具のように人を観察していくと、セッションを通した中では、この国ではどうやら、
スピリチャルと言われるものを好む人ほど「意識にがんじがらめ」になって生きている人が多くいることに気づきますし、その世界ですら、意識的なイメージ戦略の上にあることに気づきます。
また、かなりコアに世俗的な社会という意識の世界に生きている人ほど「無意識の海」に飛び込むのが上手な人もいたりして、出会うととても楽しい経験ができたりすることもあります。

 

最近はナビゲーターになって動くことの方が多いのですが、昨晩は複数人の若い男の子たちと対話をしていて、森の妖精のような男の子に召還されたからでしょうか。笑、。なぜか自分の方がどっぷり無意識の世界に入ってた気がしています。対話の世界にはそんな楽しみもあったりするのです。


いずれにせよ、人間にとって分かっていることの方が少ないのは事実で、その内面に広がっている世界を探検することは、外面の世界をまっとうすることのストレッチなのでしょう。

 

そして、人は場所を移動すること、つまり環境を変えることで、無意識の世界に入りこむこともできます。
生きていた社会からかけ離れた存在(非日常)に自己を持っていくことの効能。これは自分が旅をしていて昔から感じていたことでもあります。

 

 

今、研究しているホロスコープの技法でアストロカートグラフィというものがあります。
カンタンに言うと、その生まれ育った土地に持っている星回りを、(海外)移動することによって働かせ方を変えるというもの。
サンプルを集めていく中で、外面に働いている星を移動することにとって、内面にその星をスケールさせてる人も少なくはないのです。内面のスケールと、外面のスケール双方を通して人の充実や成長があるのではないかなと感じるところがあります。

内なる世界 と 外なる世界
意識の世界 と 無意識の世界

毎日のように、キャンバスもしくはホロスコープを通して他者と向き合っていてその奥深さと広さに圧巻されるばかりです。

なんか最近はそんな意識的な思考ばかりしている気もしてきたので、
やっぱり、自分の無意識の海にざぶんと飛び込まないとなあと思う今日この頃です。

 

本日はこのあたりで。

 

 

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